
東海敦子(トウカイアツコ)さん
明治大学 文学部
尾上悠佳先生
坪田塾 新浦安校
明治大学文学部に通う大学1年生、東海敦子さん。受験勉強が始まった当時は、「興味があることが多すぎて、学部を決めるのも大変だった」と朗らかに語ります。
現在は大学生活と並行し、坪田塾で講師として働きながら、勉強はもちろん、1年前まで現役受験生だった敦子さんにしかできない説得力のあるアドバイスを受験生に提供しています。
そんな敦子さんも実は、受験勉強を本格的にスタートする前は、学校の授業に全くついていけない状態だったのだといいます。
いかにして敦子さんがその状態を抜け出し、明治大学合格という結果をつかみ取るまで成長したのか。高校2年生の夏に坪田塾に入塾し本格的な受験勉強を始めてから合格を掴み取る日まで、全速力で駆け抜けた日々を紐解いていきます。
オンライン授業をきっかけに学校の授業から置いてきぼりに
敦子さんが通っていた中高一貫校では、中学3年の頃にはすでに志望大学調査があったそうです。当時の敦子さんは大学の名前もほとんど知らず、大学受験の話をされてもピンとこない状態でした。しかし、先生に「そろそろ考える時期だ」と促され、漠然と大学を意識するようになりました。
「中学2年までは成績は良かったんですけど、中学3年になってからみるみる成績が落ちて、定期テストの結果はビリから数えた方が早いくらいでした。完全にやる気を失ってしまったんです」
というのも、敦子さんの学校では勉強の進度が早く、中学2年の秋頃からは高校の内容を勉強し始めていました。一度ついていけなくなるとどんどん置いていかれてしまい、勉強への意欲を失ってしまいました。
さらに、当時はパンデミックの影響で、世界が混沌としていた時期。中学3年ではオンライン授業に切り替わり、勉強からますます遠ざかってしまうという悪循環が生まれてしまいました。
「オンライン授業はマイクもカメラもオフでよかったので、入室だけして遊んでいました(笑)。成績が下がるのも無理はないですよね」
やりたいことを全部やるための志望校選び
高校2年生になり「本格的に勉強しなきゃ!」と気持ちが切り替わった敦子さんは、塾探しを始めました。
「動画授業は寝てしまいそうだし、集団授業は質問しづらい。そうやって条件を絞っていった結果、個別指導で質問がしやすく、家からも近い坪田塾に決めました」
校長の尾上先生から見た敦子さんの第一印象は「明るくていい子」だったそう。
「最初にご挨拶をしたときはちょっと人見知りするのかな?という印象を抱いていたのですが、いざ面談が始まるとしっかりとしたコミュニケーションを取ってくれたことを覚えています」(尾上先生)
入塾当初、敦子さんはまだ具体的な志望校を決めていませんでした。まずは学部を決めよう、という段階で「どんなことを学びたいか」を真剣に考えてみたところ、あまりにも学びたいことが多すぎてなかなか学部が決められない状況に陥ってしまいました。
「芸術も学びたいし、言語にも興味がある。でも理系も勉強してみたいし、商学や経営、心理学も気になる……。やりたいことがいっぱいあってどうしようと思っていたときに、先生が『じゃあ、全部学べる大学を受験してみたら?』と、様々な学問を学ぶことができる大学・学部を紹介してくれました」
「経営学部」「理工学部」のように、入学時点から専門的に学ぶ学問が決まっている学部が大半ですが、中には入学時には一つの学問に絞らず、総合的に様々な学問を学ぶことができる大学・学部も存在します。敦子さんは、そういった大学を志望校として選択し、本格的に受験勉強をスタートしたのでした。
自分なりに工夫して勉強を進めた
坪田塾では入塾時、生徒さんの性格を診断する「9タイプ別性格診断」を受けてもらっています。坪田塾の講師は、このテストで明らかになる性格タイプに合わせた声掛けや指導を実践することによって、生徒さんの勉強へのモチベーション維持を支えています。
敦子さんはそのテストで「芸術家タイプ」と「楽天家タイプ」と診断されました。
芸術家タイプはロマンチストで自分の感受性を大切にし、独自の価値観を持つことを誇りとする性格。一方、楽天家タイプは、明るく楽しいことが好きで、好奇心旺盛な性格を指します。
「私は芸術が好きだから、芸術家タイプと言われることは納得でした。ただ私にはあまりポジティブな要素がないと思っていたから、楽天家タイプでもあるって聞いてちょっとびっくりしましたね」(敦子さん)
尾上先生も「どちらかというと楽天家よりも芸術家の気質の方が高そう」と感じていたそうです。
「敦子さんは入塾当初から、自分なりに勉強のやり方を模索していたんです。例えば堅実家タイプの生徒なら、先生から細かく指示やアドバイスを受けて、定められたルールにのっとって勉強する方が順調に進めやすい傾向がありますが、敦子さんの場合はそれを自分で模索しながら勉強を進める力がありました」(尾上先生)
例えば、地理が苦手だった敦子さんは、どうやったら苦手意識を払拭できるのだろうと考えて、好きな芸術鑑賞をヒントに敦子さんならではの方法を編み出しました。
世界地図をコピーし、国を気候や産業といった特色別に塗り分け、それをトイレに貼って眺めるという方法です。
絵を鑑賞するかの如くぼーっと眺めているだけで、自然と知識がインプットされてきたといいます。
苦手意識のあるものを好きな分野に引き込み、自分のものにしていく敦子さんのアイデアと行動力に、尾上先生は感心したそうです。
こうして敦子さんは、順調に坪田塾での学習をスタートしていきました。
飽き性な性格を逆手に取った多科目学習
坪田塾は、「反転学習」という学習スタイルを取り入れています。学校や塾で授業を受けて知識をインプットし、宿題等で知識をアウトプットする学習が一般的ですが、坪田塾は、アウトプットが中心。生徒は決められた範囲を自宅で予習し、塾ではチェックテストを受けたり講師と学んだ内容についてディスカッションすることを通じて、知識をアウトプット(表現)します。そうすることで、「わかったつもり」で終わらずに、より深い知識の定着に繋がります。
チェックテストは合格点が決められていますが、尾上先生によると、敦子さんは「毎回予習をしっかりとやってきてくれるし、順調に合格してくれていた」そうです。
「私は、同じテストを2回やるくらいなら、ちゃんと予習しようというタイプ。負けず嫌いな性格も相まって、再テストになったときはめちゃくちゃ悔しかったです」
そんな敦子さんの話を聞いていると順調に勉強できていたのかと思いますが、本人としては、毎日のように身に入らないと悶々としながら勉強していた、というから驚きです。
煮詰まる気持ちと向き合いながらも、勉強をやめることはしなかった敦子さん。
そこにも、敦子さんの性格を見越した学習方法の工夫がありました。
「受験には多くの科目が必要だったので、毎日違う科目を勉強できたのが飽き性の私にはちょうどよかったんです。だからもし第一志望を私立大にしていて受験科目が少なかったら大変だったかもしれません」
たくさんの科目を勉強しないといけないから大変、と捉えるのではなく、たくさんの科目を勉強できるから気分転換なる、と考えられるのは敦子さんの素晴らしいところ。自分の気分と上手に付き合うことは、なかなかできることではありません。
「塾に行くと、先生と『今日はどれをやる?』という話をするんです。これとこれをやろうと自分で決めたら、先生が丸をつけてくれる。それは最低限終わらせよう、と自分でラインを決めてやっていました。それを下回る日はなかったです。もちろんこの科目は今の気分じゃないな、という日だってあったけど、毎回そればかりをやるわけじゃない。割と自由に勉強のスケジュールを決められたのがよかったですね」(敦子さん)
「彼女の芸術家・楽天家な性格を考慮して、彼女のその日の気分を尊重しながら学習する教科を選んでもらっていました。それでもやる気が出なくて手が動かなくなってしまう生徒さんも中にはいますが、彼女はその方針の意味をしっかりと理解して、前向きに学習に取り組んでくれていましたね」
こうして自分の性格にマッチした学習方法で進めていった敦子さんは、高校3年の春からは開校時間中通い放題の無制限コースに切り替え、坪田塾に通う頻度をぐんとあげました。塾が休みの日は図書館に行き、家にいる時間を意識的に少なくしていたそうです。
「無制限コースになると、だいたいいつも座る席が固定化してくるんです。当時通っていた他の生徒さんたちが敦子さんのことを『あの席に座って勉強している人』と認識するくらいに塾に来て頑張っていましたね」(尾上先生)
自分に合った勉強法を見出した敦子さんは、一度学校の授業についていけなくなっていた高校生とは思えないほど、みるみるうちに学力を伸ばしていったのでした。
高校3年の冬に訪れた心の治し方
受験が間近に迫った高校3年の冬、敦子さんのメンタルが揺らぐ出来事が起こりました。少し早いタイミングで、推薦で志望校合格を掴み取るクラスメイトがちらほら現れ始めたのです。。
中学から仲良しだった友人が推薦で慶應大へ行くことが決まったときは、敦子さんの心はポッキリと折れてしまった、と打ち明けてくれました。
「敦子さんは割と顔に出やすいタイプで、何かあるとすぐ分かっちゃうんです。楽天家・芸術家の特徴の一つでもありますね。このタイプの生徒さんに、気分の乗らないタイミングで無理にやるべきことを指示したり気持ちを奮い立たせるような言葉をかけるのは逆効果。こういったときは『どうした?』と尋ねることもあれば、無理に聞き出そうとせず、落ち着くまで待ち、敦子さんの気持ちに寄り添うようなアプローチをとりました。またこれは敦子さんが自分で感情をコントロールする練習でもあるな、と思いつつ、ほどよい距離感で見守っていましたね」(尾上先生)
「一度心が折れはしたものの、わりとすぐに吹っ切ることができました。よくよく考えてみたら推薦合格した人がいるってことは、ライバルが減るってこと。だからラッキーだって思えたんです。そこからは友達に勉強法を聞いて『それいいね!そのアイデアもらうわ!』って素直に言えるくらいに気持ちを切り替えられました」
当時の経験は、尾上先生の言う「感情のコントロールの練習」そのものだった、と敦子さんは振り返ります。感情が揺れ動く日も、勉強の手を止めることなく、自分で決めた最低限のタスクをこなしていたというたくましさは、尾上先生をはじめとする講師陣も認めるところでした。
「気分が乗らなくてもやることはやる。次第にそのような姿勢に変わっていく敦子さんを見ていて、自走できる力が備わってきたなと、感心しながら見ていました」(尾上先生)
咄嗟の対応力で危機を乗り越える
迎えた共通テスト当日。
得意な世界史のテストの際に、あまりの緊張のせいで問題文が頭に入ってこないというハプニングに見舞われました。得意科目なのにどうしよう!と一瞬焦りはしたものの、これまで着実に培ってきた自信が敦子さんを落ち着かせます。長い文章が読めないなら一問一答から解こう、と冷静に軌道修正。資料を読み込まなければならなかった大問1を飛ばして試験を進めていきました。
その対応が功を奏し、ペースを取り戻すことに成功した敦子さん。以降は緊張もほぐれて試験に臨むことができたそうです。
共通テストに続き私大受験もやり切り、無事明治大学への進学が決定。敦子さんはやり切った達成感に満ちていました。
「母との約束で浪人はできなかったから、これが人生で一度きりの受験でした。勉強したくないときや、気分が上がらないときもあったけど、ちゃんとやれば結果が出るってことを実感できました。だから総合的に判断すると、受験は楽しかったかなって思います。とってもいい思い出ですね。もうやりたくはないですけど(笑)」
やりたいことは全部やってみる
そんな敦子さんは今、大学に通いながら坪田塾で講師のアルバイトをしています。そのきっかけは、教育に興味があったからだとか。
「ただ教育に興味はあるけど、先生として毎日働くことが向いているのか、と言われたらわからない。だったらバイトしてみよう、と思って自分から手を挙げました。働いている先生を見てかっこいいなって思ったことも理由のひとつです」
学部を決めるときにやりたいことがありすぎて悩んだ敦子さんは、今もなお、好奇心に溢れていて、2年生になったら他学部の授業も履修してみたいと話します。
「法学部だった父は車の修理もできるし、宅建も持っています。英語も得意で雑学も豊富。そんな父の影響で、私もいろんなことに興味があるのかもしれません。インターンにもたくさん参加したいと思っていて、今はいろいろ調べています。有名企業をはじめ、映画やテレビの制作についても知りたいし、ホテル業界も気になります。あ、そうそう、水棲生物が好きだから、水族館で働くことにも興味があって、学芸員の資格を取ろうと思っているんです」
楽しそうに話す敦子さんからは、知らないことをたくさん学びたい、吸収したいという熱意が強く伝わってきます。
将来の夢を一つに絞り込む必要はない今だからこそ、それを探しながら進む過程を存分に楽しんでもらいたい。きっとこの先、好奇心に満ち溢れた敦子さんならではの、ユニークな世界を広げることができるはずです。
これからの挑戦がどんな景色を描いていくのか、とても期待が膨らみます。
最後に受験生にメッセージを求めると、少し躊躇いながらも、敦子さんならではの力強い言葉が返ってきました。
「受験勉強は受験以外にも活きてくる、それは間違い無いと思っています。いろんな科目を勉強したからこそ、そう感じたのかもしれません。勉強は苦しいけど、知識が増えると本当に楽しいです。最初からできる人なんていないってどこにもいない。嫌だな、苦しいなっていう気持ちを抱えながら頑張れば、絶対に伸びていきます。適度に無理しつつ、頑張ってほしいです!」
講師コメント
尾上悠佳 新浦安校講師
「彼女の知的好奇心の高さに脱帽します」とよくお母さんに話していたことを覚えています。受験を乗り越えてさらに一皮剥けたようで、その知的好奇心を爆発させて、大学で楽しそうにいろんなことを学んでいる姿がとても微笑ましく思います。アルバイト講師の敦子先生として、彼女にしかできない説得力のあるアドバイスをしている様子もとても頼もしいです。これからも学びに対する貪欲な姿勢を忘れず、楽しい学生生活を送ってほしいですね。