【母が語る合格体験記】坪田塾と一緒に我が子を見守った3年間

柳沢匠哉(ヤナギサワタクヤ)さんは、高校1年生から坪田塾千種・赤萩校に通い、千葉大学法政経学部に現役合格しました。
好奇心が強く、多趣味な匠哉さん。高校3年間、興味を持ったことには何でも挑戦しながら受験勉強に取り組む生活を送りました。そんな匠哉さんが合格を掴み取った背景には、匠哉さんを信じて見守り続けたご両親の存在があります。今回は、千種・赤荻校の小池校長と一緒に、匠哉さんの親御様にお話を伺いました。入塾から合格を果たすまでの道のりを振り返っていただきます。

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『ビリギャル』は、お母様の愛読書だった

「私はたくさん本を読むタイプではありませんが、『ビリギャル』は愛読書でした」

お母様が匠哉さんと坪田塾の説明会に訪れたのは、高校1年生の春。

きっかけとなったのはお母様の愛読書『ビリギャル』でした。

「中学から高校にかけて、匠哉の成績がなかなか伸びない時期があったんです。テストの答案を見るに勉強の方法が分かっていないような印象を受けました。そこで、匠哉に合った学習方法を指導してくれる塾を探していました」

坪田塾に足を運んだきっかけをこの様に振り返ってくださいました。

「初めてお会いした時も『勉強のしかたを教えてあげてほしい』とおっしゃっていましたよね」

インタビューに答える講師と親御様

小池先生も当時のことを振り返ります。

高校に入り、匠哉さんの勉強に対するモチベーションが下がっているように感じたお母様の頭に、『ビリギャル』のエピソードが浮かびました。

「『ビリギャル』では小学校の範囲にまで戻って学習し直していましたよね。それを読んで、『坪田塾は生徒一人ひとりに合わせた指導をしてくれる塾だ』という印象を持っていました。分からないところは前の学年に戻って徹底的に潰していくスタイルは、私も効果的だと思いましたし、個別指導だからこそできることだと思いました」

さらに、お母様には勉強面以外でも塾に期待したいことがありました。

「『ビリギャル』の中で、先生と生徒さんが対話をしている様子がとても印象に残っていました。匠哉にも、家族以外に心を開ける相手が必要なんじゃないかと思って。塾なら、比較的年の近い先生もいらっしゃって、親には話せないことも話せるんじゃないか。学校や家以外の居場所として、楽しく過ごせる場所になれば良いなという思いもありました」

「匠哉さんは、大人も圧倒するほどの個性と行動力の持ち主ですよね」

インタビューに答える講師

「親が理解してあげられないことも、塾の先生方なら理解してくれるのではないかと思ったんです。実際に坪田塾の先生方は、匠哉を理解し、適切なアドバイスとともに支えてくださいました。本当に、感謝しています」

 

時には坪田塾が親子の間に入ることも

匠哉さんの担当講師である小池先生の印象についても、お話しいただきました。

「『とても若い先生だな』と思ったのが最初の印象です。でも不安はありませんでした。坪田塾の講師になるためには、学力はもちろん、塾の方針を理解し、それに沿った指導ができる能力が求められると伺っていたので。むしろ期待が大きかったです。年が近いお兄さん的な立場で匠哉の話を聞いていただけるのではないかなと。」

高校生にもなると、自分の考えを両親に話すことに抵抗を感じる生徒さんも多くいます。

匠哉さんのお母様も、匠哉さんの考えを理解するために塾に相談されたことがありました。

「学校の文理選択で匠哉は文系を選択したのですが、それが私にとっては意外だったんです。てっきり、理系のほうが向いていると思っていました。そこで、文系を選んだ理由が知りたくて面談を申し込んだことがあります。匠哉のことをよく理解してくださっている先生方なら何かご存知だろうと」

成績表やテストを、自分から見せてくれるタイプではなかったという匠哉さん。

お母様も学習状況が気になりつつも、「坪田塾の先生方にお任せしていれば安心」という思いもありました。

「今の受験のシステムは、私が受験した当時とは大きく変わっていますが、敢えて情報を入れすぎないようにしていました。私が受験の知識を入れすぎてしまうと、つい口出ししたくなりますし、口論になることが目に見えていたので。基本的には塾にお任せし、疑問に思うことがあれば電話でお伺いするという形をとっていました」

「高2の冬までは重点的に基礎固めを進めたので、テストの点数に直結しない期間が長くありました。その期間はお母様も心配されたことと思います。ただ、そんな時も質問や相談をいただけて、定期的に意図や状況のすり合わせをさせていただけたのはとてもありがたかったです」(小池先生)

 

合格まで粘り強く見守った3年間

高2の冬、匠哉さんのご両親、当時の千種・赤荻校の校長、小池先生、そして匠哉さんの五者面談が実施されました。

成果が点数に表れにくい中での面談ということもあり、小池先生の不安もゼロではなかったようですが、ご両親の坪田塾に対する信頼が揺らぐことはありませんでした。

「家庭内で『通塾を増やそうか』と話をしている時期でした。最終的な判断は匠哉に任せようと思っていましたが、その前に親としても勉強の進捗を確かめておきたくて。そこで面談を申し込みました」

先生方と匠哉さんを交え、あらためて学習状況を確認したことで、お母様の心配も解消されたといいます。そしてこの面談を皮切りに、匠哉さんの成績は大きく跳ね上がることになりました。

「高3になって自信がついてきたのが、私の目にもはっきりと伝わってきました。勉強も順調に進んでいたようで、明るい表情で過ごしている匠哉を見て私も安心しました」

当時の匠哉さんの様子を、お母様はこう語ります。

 

そして迎えた、受験当日。

匠哉さんが受験で家を留守にしている間、お母様もリラックスして過ごすことができたと言います。

「全く不安はありませんでした。匠哉がやるだけのことをやったことを知っていたので、『どんな結果でも受け入れよう』という心境でした。待っている間、私はゲームをして過ごしていました(笑)」

と、お母様は笑いながら振り返ります。

そして、匠哉さんは見事千葉大学に合格しました。

「とても嬉しかったですし、改めて先生方のお力の偉大さを感じました。もちろん、なによりも匠哉自身の努力があってこその結果ですが、メンタル面やコンディションの管理、声かけなど、先生方が受験本番に最適な状態で臨めるように、サポートしてくださったことは間違いありません」

通塾をはじめた最初の2年間は、結果に結びつかない日々が続きました。
それでも匠哉さんと、塾の先生を信じ続けたご両親。今回の合格は、我が子を信じる強い思いが実った結果でもあります。

最後に、あらためて坪田塾への思いを語っていただきました。

「“子”別指導という通り、匠哉に合わせた指導をしてくださいました。先生方には何度も心配をおかけしたかと思いますが、最後まで粘り強く指導して下さり、とても感謝しています」

お礼をする講師と親御様